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しつもん  テレビのバラエティー番組を見ていると、司会者が「これって、本当に 目からうろこ”  M.U.ですね~」というコメントよく聞かれます。
ところで
からろこ」って、どんな意味?
「目から鱗が落ちた」という表現は、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれた、今まで当たり前・常識とされてきた考えが 実は違っていた、偏見や先入観から解放されて、自由な見方や発想に転換させられた~ という場合に「目から鱗が落ちた!」と言いますね。 ディスポーザーの新常識とは。
こたえ 実はこの「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」「狭き門」などと同じように 聖書の中に登場する有名な言葉です。この言葉は使徒9章18節にでてくるのですが、この9章は、イエス・キリストが死んでまもなく、キリスト教としての歩みを確立する初期の時代のことが記されています。

 一時的に盲目になったサウロに、アナニアが近づいて サウロの上に手を置きながら「イエスが、あなたのところに私をお遣わしになった」ということを告げたとたん、「サウロの目から鱗のようなものが落ちて再び見えるようになった」とあり、サウロは視力を取り戻しました。これが「目から鱗が落ちる」という言葉の語源です。

 サウロという人は、当時のユダヤ教の学者の中では一級の人物ガマリエルと言う人の弟子で、エリートな宗教学者の立場にあり、自分で考えたことは何でも実行できる、強力な人物でした。しかしそのサウロ、視力が奪われ、人に手を引いてもらい、自分の力ではなく他人に頼らなければ 何事もできないということを経験します。まさしく、人間の能力や力の限界を経験したのです。

 サウロは、厳格なユダヤ教徒からキリスト教徒になる過程で、信じる内容の変化だけでなく、自分だけの力と能力に頼る生き方から 神に依り頼みながら生きるという考え方になり、生き方を180度変化させられたのです。そのとき彼の「目から、鱗のようなものが落ちて」
つまり➡「目が開かれ」ました。名前もサウロ→パウロに改名して、広く知られるようになりました。

 「目から鱗が落ちる」という聖書を語源とする この言葉は、人間が自分の力や能力を誇りとする考え方から(限界や無力さを思い知らされ)、新しい考え方に初めて接し、覚醒した!というときに用いられる表現なんですね。 びっくり


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